現在、根治療法がないため、日常におこなう治療方法は食事療法です。近年、数例ではありますが、肝臓移植による軽減治療がおこなわれるようになりました。
食事治療では、アミノ酸の集まりであるたんぱく質の摂取を制限することにより、代謝出来ない3つのアミノ酸を管理します。
ロイシン・イソロイシン・バリンは必須アミノ酸であり、まったく食べないわけにはいきません。
そのため、各患者の代謝できる量にあわせて、ごく少量のみ摂取する厳格な管理が必要です。
また、定期的に病院を受診し、採血によりロイシン値をチェックしていきます。
ロイシン値とは?
メープルシロップ尿症患者が代謝できないアミノ酸の一つです。この値を定期的にチェックしていくことにより、コントロール状況を把握していきます。
コントロール目標:血液中のロイシン 5mg/dL(=380µmol/L)以下
健常な人の血中ロイシンはおよそ1mg/dL以下です。
治療方法には大きくわけて【日常時】【緊急時】の2種類があります.
【日常時】(家での日常生活)
【超低たんぱく食を食べる】 【特殊ミルクを毎日飲む】 日常生活ではこの2つを続けていきます。
超低たんぱく食を食べる
各自決められた範囲内のたんぱく質のみを摂取する、たんぱく制限食をとります。
肉や魚だけでなく、乳製品や卵、豆類等もたんぱく量が多いため制限が大きく、ごく少量しか食べることができません。
野菜のなかでも、ブロッコリーやとうもろこしなどのアミノ酸が多く含まれている食材も制限の対象となります。
主食であるごはん、パン、麺等にも、たくさんのたんぱく質が含まれており、制限の必要があります。
しかし、エネルギーの源である主食を極端に減らしてしまうことは生命活動にかかわるため、ごはん等は、治療用の高額な低たんぱく食品※を使用し、たんぱく質の摂取量を抑えます。
《低たんぱく食品のサンプル画像です。低たんぱく食品に対する費用助成制度はありません。》
特殊ミルクを毎日飲む
代謝できない、ロイシン、バリン、イソロイシンが除去されている特殊ミルクを用います。
上記の超低たんぱく食で不足するアミノ酸を摂取するため、また、空腹による血糖値の低下を避けるために、各自の必要量を1日数回にわけて毎日飲みます。
※このミルクは成人になっても飲み続けていく必要があります。
食事治療のイメージ図
例えば、家族で食事をするときはこのようにすることで、同じ食事を食べることができます。どのくらいのたんぱく質を摂取できるかは、患者の代謝程度によって異なりますので、イメージとして掲載しています。
これらの生活を続けていても、体調を崩してしまうと急速に容体が悪化してしまいます。
その際には、直ちに病院を受診し以下のような治療を受けにいきます。
【体調不良の緊急時】(病院での対応)
風邪等の感染症にかかってしまったときや、長時間の空腹により体調が悪くなってきてしまったときには、病院を受診しブドウ糖の点滴を受ける必要があります。悪化のスピードが速いため、夜間休日を問わず受診する必要があります。
① 直ちにかかりつけの病院を受診する(夜間休日でも)。
② ブドウ糖の点滴を行う。効果がない場合は高カロリー輸液を行う。
③ ②で改善しない場合は血液透析による治療を行う。
以上のような、日常時、緊急時の治療法を続けながら生活をしていきます。
命をつなぐ「特殊ミルク」
治療に欠かせないメープルシロップ尿症患者用の特殊ミルクです。
代謝できないロイシン、イソロイシン、バリンが除去されている特別なミルクです。
現在、国内では雪印メグミルク株式会社のみが製造しており、この特殊ミルクは医薬品として病院で処方を受けます。
明るい笑顔のために
この特殊ミルクは、食事療法をする上で1日も欠かさずに飲み続けなければなりません。
病気を早期発見し、早期治療をする上で、適切な特殊ミルクの摂取と厳格な低たんぱく食の両者をともに続けることが最も大切な事です。
1日も欠かす事の出来ない事であり、厳しい面もありますが、適切な食事療法と体調不良時の早期対応を行っていく事で、正常に発育する可能性も十分あります。
肝臓移植について
欧米では移植症例数が増えて、予後も良いことから、平成25年から日本国内でも行われることになりました。
肝臓移植をおこなう理由は、早期発見・早期治療によって診断前におきる神経障害を防ぎ、日常は十分な治療をできている場合でも、たんぱく質の過剰摂取や感染などによってコントロールが不良になりロイシン値が高くなってしまうと神経障害の悪化を来たし、発達の遅れや生活の質(クオリティオブライフ:QOL) の低下などが予想されるためです。また、厳しい食事療法の継続により成長障害がおきる可能性もあります。
根治治療にはなりませんが軽減治療となるため、たんぱく摂取制限の緩和や、感染症による体調の悪化のスピードが緩やかになっていくことが見込まれ、日々の生活にゆとりをもつことができるようになると期待されています。
もちろん様々なリスクもあるため、容易に受けることのできる手術ではありませんが、予後の改善が見込まれることもあり、少しづつ手術を受ける方が出てきました。
また、日本では欧米と異なり、脳死移植の提供者数がとても少ないため、生体肝移植が中心に行われています。生体肝移植の場合の多くは、保因者である両親の肝臓を移植します。現在のところ、保因者から肝臓を移植しても分枝鎖アミノ酸の代謝には十分な効果がみられています。
なぜ、肝臓移植をすることで改善されるのしょうか?
ロイシン、バリン、イソロイシン(分枝鎖アミノ酸:BCAA)を代謝する酵素(分枝鎖α-ケト酸脱水素酵素:BCKDH)は全身に存在し、そのおよそ1割のみが肝臓で働いています。残りは筋肉を始めとする全身にあり、そこでもBCAAを代謝しています。
しかし、メープルシロップ尿症の患者は、肝臓も筋肉もからだ全体の酵素が不足しているため、BCAAが代謝できずに様々な症状が現れてしまいます。
そのため、代謝する酵素を持っている健常な人の肝臓を移植してあげることにより、BCAAの代謝が移植された肝臓で円滑におこなわれるようになるのです。
肝臓移植後も、筋肉などの酵素は存在しないままであり、肝臓のみで代謝を行う状況です。そのため、軽減治療となります
ドミノ肝移植について
メープルシロップ尿症の肝臓移植では、「ドミノ肝移植」という手術もあわせて行われることがあります。
通常の移植では、提供者(ドナー)の肝臓を病気の人に移植し、病気の人の肝臓は取り出されて捨てられてしまいます。ドミノ移植では、取り出された病気の人の肝臓を捨てずに、別の病気の人に移植します。
メープルシロップ尿症では、分枝鎖アミノ酸を代謝する以外の肝臓の働きや構造は正常であるため、他の病気の患者に肝臓を提供することができます。
メープルシロップ尿症の肝臓を移植された人がメープルシロップ尿症を発症することは確認されておらず(通常の人は筋肉でBCAAを十分代謝できるため)、脳死移植の提供者が少なく移植を待っている患者が多い日本では、ドミノ肝移植はとても有効な方法なのです。
平成26年6月、メープルシロップ尿症の肝移植のときに日本で初めて子どものドミノ肝移植が行われました。それ以降、メープルシロップ尿症の患者が肝移植を行う際には、同時にドミノ肝移植を行う症例が増えました。